【うなぎパイ】なぜ地元の消費者向けに商業施設をオープンするのか?

話題のニュースを「関係性パラダイムとユーザーイノベーション」から読み解く

うなぎパイで有名な春華堂が、地元である浜松市内で、2021年4月12日に複合型商業施設をオープンさせるという記事が、4月11日付けの日経新聞に掲載されていました。「スイーツバンク」と名づけられた商業施設は、主に近隣住民を対象とした敷地面積7,000平方メートルにも及ぶ巨大な施設です。

商業施設の中には、様々なお菓子を販売する「SHOP春華堂」や自家製のパンやランチを提供するベーカリー「とらとふうんせん」などが入るそうです。うなぎパイを食べるのは家族団欒の場というコンセプトのもと、商業施設の外観はダイニングテーブル風のものになっています。また施設内には、実際にゆったりとくつろげるスペースも設けているそうです。施設内には、地元の浜松いわた信金の森田支店も入るそうです。信金支店内のミーティングルーム「ツノがたつ」を共同で運営し、地域の企業や地元のお客様の交流を促進するとともに、各種のセミナーも信金と共同で開催できるようにします。また、信金とのコラボレーションでは、両社の女性社員の意見を取り入れながら「アフター5に食べたいスイーツ」というテーマで、新商品の開発を年に数回程度行う予定とのことです。このスイーツバンクは本社の老朽化に伴う建て替えがきっかけで、数年にわたり構想されたそうです。

春華堂は冒頭にも述べたようにうなぎパイで有名な会社です。うなぎパイは地元のお客様が出張に行くとき、あるいは静岡県への出張者や旅行者にとって、お土産の代名詞といえる同社のアイコン商品です。これまで春華堂は市内に県内外からの観光客を呼び込む「うなぎパイファクトリー」や食育の体験施設「ニコエ」といった拠点を設けてきました。その2つの拠点と比較して今回際立っているのが、地元のお客様に向けた商業施設を展開したという点でしょう。

うなぎパイという確固たるヒット商品がある同社にとって、近隣の住民に向けた大型商業施設はコストがかかる割にリターンが少ないように思います。仮に、地元での消費者に向けたマーケティング展開ということならば、小規模の店舗を複数設けたほうが、コストも少なく、リーチもしやすいでしょう。

なぜ多額の投資をして、地元の消費者を対象にしたこれほど大きな商業施設の地元に作ったのでしょうか。

今回は、関係性パラダイムとユーザーイノベーションの視点で考えてみたいと思います。

関係性パラダイムとは、マーケティングパラダイムの考え方のひとつです。 かねてより、マーケティングは交換パラダイムから関係性パラダイムへと移行したと言われています。「パラダイム」とは、物事の考え方と捉えてよいでしょう。

マーケティングにおいて、かつては交換パラダイムが主流でした。交換パラダイムとは、売り手と買い手の自由意思に基づく、相互同意型の交換として取引を捉える考え方です。消費者ニーズは把握できるという前提のもと、消費者視点でニーズを発見し、それにあったマーケティング・ミックスを展開していこうという考え方です。関係性パラダイムは、消費者ニーズの把握は難しいという前提のもと、売り手と買い手を一体化されたパートナーと捉え、両者の協働による長期的な共創価値実現として取引を捉える考え方です。

いうまでもなく、消費者ニーズが多様化、短サイクル化しているといわれている現在は、企業が適切に消費者ニーズを捉えることが難しくなってきています。したがって、企業としては関係性パラダイムの視点で消費者と向き合うことが重要になります。この関係性パラダイムの延長線上にあるのが、ユーザーイノベーションの視点でしょう。ユーザーイノベーションとは、ユーザーが直面する課題に対して、自らの利用のために製品やサービスを創造や改良をすることです。

ちなみに、ユーザーイノベーションには、リード・ユーザー法とグラウドソーシング法があると言われています。リード・ユーザー法は、企業がリード・ユーザーの特徴をもつ消費者イノベーターを見つけ、その情報からイノベーションを行なうという手法です。クラウドソーシング法は、広く消費者イノベーターから情報を発信してもらい、その中の最適な情報からイノベーションを行うという手法です。

近年では多くの消費財メーカーが消費者と協議したり意見を集約したりする場を設け、それによって新しい商品やサービスを生み出すことに取り組んでいます。ちなに、私見にはなりますが、良品計画の無印良品が2000年代初頭に開発した「体にフィットするソファ」はユーザーイノベーションを活用した製品開発の先駆けと言って良い事例だと思います。

ユーザーイノベーションで重要になるのは、顧客接点を設け、そこでユーザーからの意見を集約できるような仕組みを整えることです。今回の春華堂の取り組みは、まさに地元のお客様と関係性を密にし、さらに地元のお客様の声を一元的に集約する中で、新製品を開発していこうというユーザーイノベーションを狙ったものではないでしょうか。

信金の女子行員の意見を取り入れる企画、信金とセミナールームを共同運営することで、地元企業や消費者交流を促進する仕組み、更にあえて巨大施設とすることによってリードユーザーを呼び込もうとする意図が、今回の背景にあるように感じます。うなぎパイというヒット商品は、プロダクトライフサイクルの成熟期にあり、これを延命していくこともマーケティング戦略的に重要でしょう。一方で、これだけインターネット技術やECが進展している中で、旅行者や出張者が減少するならば、うなぎパイのシェアが低下してしまう恐れは、常につきまといます。

記事にもある通り、今回のスイーツバンクは数年がかりで計画をしており、新型コロナウイルス感染症拡大が直接的に意思決定に関わった可能性は少ないでしょう。結果的に、新型コロナによって出張者や旅行者が減少傾向にある中、うなぎパイだけに頼らず、新たなアイコン商品を生み出していくことは急務といえます。その新たなアイコンを生み出すことができる仕組み自体が、今回の商業施設出店に潜んでいるように思います。

地方からこれだけ全国的な商品を生み出した春華堂。この巨大商業施設を起点に春華堂がどのような商品を生み出していくのかを、楽しみに待ちたいと思います。

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岩瀬敦智(Iwase Atsutomo)

経営コンサルタント。株式会社コンセライズ代表取締役。企業の価値を整理し、社内外にPRするコンサルティングを専門としている。特に中核人材に企業固有の価値と、経営理論を伝えることでリーダー人材の視座を高める講演や研修に定評がある。主著として、「MBAエッセンシャルズ(第3版)」共著(東洋経済新報社)、「マーケティング・リサーチ」共著(同文舘出版)など。法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科(MBAスクール)兼任講師。

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