【ドコモ・バイクシェア】自転車シェアサービス拡張 企業がドコモと連携したい訳

話題のニュースを「意思決定プロセス論」の視点で読み解く

2021年10月31日の日本経済新聞の記事で、NTTドコモ傘下のドコモ・バイクシェアが、既存の自転車シェアリングサービスを拡張することで、MaaS(マース:Mobility as a Service)を構築すると紹介されていました。

国土交通省HPによると、MaaSとは「地域住民や旅行者一人一人のトリップ単位での移動ニーズに対応して、複数の公共交通やそれ以外の移動サービスを最適に組み合わせて検索・予約・決済等を一括で行うサービスであり、観光や医療等の目的地における交通以外のサービス等との連携により、移動の利便性向上や地域の課題解決にも資する重要な手段となるもの」です。

記事によると、自転車の貸出拠点(ポート)数や配置台数で国内シェア3~4割を占めるドコモ・バイクシェアが、10月22日から始まった電動三輪バイクのシェアサービスのシステムをになっており、利用者はドコモIDとアプリがあれば電動三輪バイクのシェアリングを利用開始できるとのこと。

そして同記事によると、MaaSを構築する他社も、まずドコモを連携相手に選ぶ傾向が高いとのことです。例えば、トヨタ自動車系の「my route(マイルート)」、JR東日本の「Ringo Pass(リンゴパス)」、三井不動産が提携するマース・グローバル(フィンランド)の「Whim(ウィム)」などのアプリは、いずれもドコモのシェア自転車の検索や予約に対応しているそうです。

このように所有ではなくシェアリングという概念が進むのは、近年、話題になっている脱物質、アクセスベースを特徴とするリキッド消費に対応したものといえます。しかし、今回はその論点を脇に置き、なぜ、MaaSを構築しようとする企業がドコモとの連携を選ぶ傾向が高いのかを、H.サイモンが提唱した意思決定プロセス論の体系を基に考察してみます。

ドコモは、2011年に電動アシスト付き自転車のシェアを開始し、これまで同サービスを続けてきているが、必ずしも順風満帆ではありませんでした。例えば、乗り捨て自由の運営方式で急拡大したmboikeといった中国勢の日本進出にさらされたり、現在も郊外や地方では強くポート数では2021年10月時点でドコモの2倍程度を誇る、ソフトバンク系のOpen Streetと熾烈な競争を繰り広げています。

そのような中でも、なぜまずはドコモを提携先に選ぶ企業が多いのでしょうか。その企業側の視点に立って考えてみたいと思います。

まず、サイモンの意思決定プロセスによれば、人(この場合は企業の経営陣や担当者)は、

①情報収集
②代替案の列挙
③代替案の結果の推定と評価
④代替案の選択
⑤行動

以上の5ステップで意思決定をするとされています。

そして情報収集段階では、「価値前提」と「事実前提」の2つの情報が得られるとしています。価値前提とは、組織の目的や個人的な価値観によって変化する前提です。安全性が高い取引をしたい、社会性のある企業と取引したいなどさまざまで検証が難しいものです。

一方で事実前提とは、技術や情報など目的達成のために選択する手段について客観的な事実です。あの会社は技術力が高い、あの会社は規模が大きい、など比較的検証しやすいものです。

そして、今回のテーマであるMaaSに乗り出す企業がなぜ、まずドコモとの提携を選択するのかについての考察を、この価値前提と事実前提で掘り下げてみたいと思います。

先ほどのプロセスでいう①情報収集の段階で、この2つの前提を満たす企業があるならば、その後の②代替案の列挙に含まれ、さらに③代替案の結果の推定と評価によって、④代替案の選択までたどり着き、最終的に⑤行動(契約)に結びつく可能性が高まります。

逆に、最初の情報収集段階で選択肢として除外されるなら、その後の②~⑤のステップを踏むことはできません。

新たにMaaSを構築しようとする企業(特に日本企業)は、失敗したくない、アーリースモールサクセス(小さな成功体験)を作りたい、という思いが働くのではないでしょうか。そしてその視点で、価値前提と事実前提を置いて情報収集をします。

まず、事実前提でいうと、ドコモ・バイクシェアは都市部に強いという強みを持っています。企業が、最初にMaaSをテスト導入するならば、やはり人口が多く、交通網が発達しているためにマイカーシェア率が低いと考えられる都市部です。したがって郊外に強いソフトバンク系のOpen Streetよりも、選択肢にあがる確率が高い可能性があります。これは、記事の中でも「大都市で駅から約1.6キロメートルの「ワンマイル」ほどの近距離への移動に強いドコモは、外せない選択肢となっている」というコメントでも指摘されているとおりです。

加えて、価値前提の視点で見てみると、ドコモのNTTブランドという日本企業にとってはまだまだ安心感の源泉となるバリューもさることながら、中国勢に押し込まれた時にドコモ・バイクシェアが各自治体と連携し自転車車両を路上に放置されたままになっているのを防ぐために、ポートの増設や回収・再配置の仕組み作りを地道に行うことで、信用を培ったことが大きいといえます。

長年かけて培った信用力があるからこそ、新たにMaaSを構築しようとする企業にとっては自社の信用を棄損せずに新たな事業に乗り出したいという価値前提と、マッチしやすいのではないでしょうか。

サイモンの意思決定のプロセスと、今回のドコモ・バイクシェアの事例から得られる教訓は、選ばれるためには、意思決定する側、つまり顧客の「事実前提」だけでなく、どのような目的や価値観をもっているのかという「価値前提」も考慮した上で、マーケティング活動を行う必要があるということです。

もちろん、ドコモ・バイクシェアも安泰とはいえないようです。記事によれば、前述のOpen Streetとの競争が益々苛烈になる見込みとのことです。

今後も、ドコモ・バイクシェアがどのような拡張やイノベーションをおこしていくのかに、注目をしたいと思います。

おススメの記事はこちら↓
【Apple】成功の影には2,800万人の外部開発者が。アップルが彼らを重視した理由?
「バウンダリー・スパンニング」の視点で考察した記事です。併せてチェックしてみてください。

 

 

 


岩瀬敦智(Iwase Atsutomo)

経営コンサルタント。株式会社コンセライズ代表取締役。企業の価値を整理し、社内外にPRするコンサルティングを専門としている。特に中核人材に企業固有の価値と、経営理論を伝えることでリーダー人材の視座を高める講演や研修に定評がある。主著として、「MBAエッセンシャルズ(第3版)」共著(東洋経済新報社)、「マーケティング・リサーチ」共著(同文舘出版)など。法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科(MBAスクール)兼任講師。

講演のご依頼・お問合せはこちら