【Amazon】第1回:総額10億ドル超え。従業員50万人の時給引き上げ理由を考察

話題のニュースを「PEST分析:政治環境(Politics)」から読み解く

2021年4月29日付けの日経新聞に、「Amazon、米従業員50万人の時給引き上げ 最大3ドル」というタイトルの記事が掲載されていました。記事によると、4月28日にアメリカのアマゾン・ドット・コムがアメリカ国内で働く50万人を超える従業員について、時給を発表したとのことです。インターネット通販の受注や配送、荷物の仕分けなどを担う人材が対象で、引き上げ幅は、50セントから3ドルとのことです。例年は、秋に給与の改定を行っていましたが、今回は前倒しして5月中旬から6月上旬にかけて実施するそうです。ちなみに、賃上げに伴う費用は10億ドルを超えるとのこと。

なぜ、この時期にこれほどの費用をかけて賃上げに踏み切ったのでしょうか。

この動きは、以前にブログでも取り上げた、ジェフ・ベゾス氏の「地球上で最高の雇用主」を目指すという意思表明と呼応したものであることは間違いないでしょう。

また、記事内でも取り上げられている今年の2~3月にアラバマ州の物流施設で実施された労働組合結成の是非を問う従業員投票も無関係ではないでしょう。

このように内部要因が大きく影響していることは確かですが、もう一つ外部要因も影響しているように思います。

アマゾンのアメリカ従業員50万人の時給引き上げの取り組みについて、外部環境分析の一つの切り口である、PEST分析で考えてみたいと思います。

経営戦略の本質は、環境変化への適応と、最適な資源配分であると言われています。

企業経営では刻一刻と変化する環境を捉えて、それに合わせて、有限である自社の経営資源を上手に活用していくことが求められます。

環境変化の捉え方、つまり環境分析のやり方は経営者によってさまざまなでしょう。ただ、どのような環境分析にも共通して言えるのは、なるべく多角的に環境を見たほうがよいということです。

一般的に外部環境は、マクロ環境とミクロ環境に分けて考えられます。マクロ環境とは、文字通り大きな外部環境。景気や世論など企業一社ではコントロールすることが不可能な要因を指します。

一方で、ミクロ環境とは小さな外部環境。お客様や取引先など、コントロールするまでには至りませんが、ある程度、こちらからもアプローチが可能な要因を指します。ミクロ環境については、準統制可能要因と言われます。

そして、今回取り上げるPEST分析は、マクロ環境を多角的に見るための手法として有名です。具体的には、政治的環境(Politics)、経済的環境(Economy)、社会的環境(Society)、技術的環境(Technology)の4つの側面からマクロ環境を把握します。そして、その頭文字が分析手法の名前になっています。

今回のアマゾンの時給引き上げの取り組みについて、まずは政治環境(Politics)面から読み解いてみたいと思います。

Politicsとは、政府や地方公共団体の動き、法律による規制や、法改正などが該当します。

記事の中でも取り上げられているように、本件を素直に捉えればバイデン政権に呼応したものであることが分かります。

アマゾンが時給引き上げを発表した同日に、大統領就任100日目ということでバイデン大統領の施政方針演説が行われました。そして、日経新聞ではこの演説について、「キーワードで読む米大統領演説 雇用・コロナ… 重点は?」という記事で詳しく分析し、興味深い結果を提示しています。

この記事によると、バイデン大統領が「job(雇用)」に触れた回数は51回。これは、ホワイトハウスが事前公表した草稿の46回を上回るものであり、さらに、1934年のフランクリン・ルーズベルト大統領以降、各大統領によって行われてきた88回の領施政方針演説の中で最多とのことです。行政の大きな目的の一つとして必ず雇用創出はあげられますが、その中でもバイデン政権は雇用を最重視しているといえるでしょう。

ジェフ・ベゾス氏とバイデン大統領のつながりは分かりません。また、本ブログは政治についてテーマとしていないため、その点の考察は避けますが、少なくともアマゾン経営陣がこのPoliticsのトピックを、意思決定の材料にしたと考えて不思議はありません。

私見にはなりますが、アマゾンのみならずGAFA(Google、Amazon、facebook、apple)はいずれも寡占市場を形成しており、独占禁止法などの観点で、行政からの監視が強まっていることは想像に難くありません。その状況下、経営視点に立てば、政権との歩調を合わせることでリスクを低減することが可能になるという判断は妥当と言えます。

また、アマゾンにとってはコアな議題にはならないと思いますが、一般論でいえば、政権の方針が定まれば、その分野に助成金や優遇制度など行政のリソースが投入されていくことになります。つまり、行政の動きに合わせて戦略を講じていくことで、大きなビジネスの機会を得られる可能性が高まります。

今回のアマゾンの動き。行政の動きに着目しながら、本来、秋に行うはずの賃上げを前倒しして行っていたり、施政方針演説の日に合わせて施策を発表したりしている、まさに機を見るに敏といえる意思決定の仕方は、多くの経営者にとって参考になるのではないでしょうか。

今回は、アマゾンが5~6月に従業員の時給を引き上げることについて、PEST分析のPoliticsの切り口を確認しました。

次回のブログでは、PESTの2つめの切り口、経済的環境(Economy)で検討します。

 

 

 


岩瀬敦智(Iwase Atsutomo)

経営コンサルタント。株式会社コンセライズ代表取締役。企業の価値を整理し、社内外にPRするコンサルティングを専門としている。特に中核人材に企業固有の価値と、経営理論を伝えることでリーダー人材の視座を高める講演や研修に定評がある。主著として、「MBAエッセンシャルズ(第3版)」共著(東洋経済新報社)、「マーケティング・リサーチ」共著(同文舘出版)など。法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科(MBAスクール)兼任講師。

講演のご依頼・お問合せはこちら