【WAKAZE】ターゲットマーケティングの転換で成功

話題のニュースを「意思決定におけるバイアスの概念」の視点で読み解く

2021年11月2日のに日本経済新聞で、株式会社WAKAZEが新たに三軒茶屋にレストラン型併設の醸造所をオープンした取り組みを紹介する記事が掲載されていました。

同社は、2016年に稲川社長が、当時勤めていたアメリカのボストン・コンサルティング・グループを辞めて、立ち上げた日本酒醸造のスタートアップ企業です。

日本酒を「世界酒」にしたいという思いで起業したものの、当初は独自性を出すのが難しく苦戦。購入者から「味は他と同じ。値段が高いだけだ」と言われたこともあったそうです。

記事によると、大きな転機になったのが、当時としては珍しいワイン樽で熟成した日本酒を、洋食にマッチする日本酒としてPRしたことにあるそうです。それによって、予定した出荷数が上回ったことはもちろん、アメリカや香港への輸出にも繋がったとのことです。

この取り組みは、マーケティングの考え方に当てはまると、教科書通りのターゲットマーケティングといえます。日本酒そのものの品質は起業当初から高かったと推察されます。

しかし、当初は日本酒を飲みなれている層を対象にしていたため独自性を出すのに苦労したように思います。一方で、洋食にマッチする日本酒としてPRした時は、おそらくターゲットは、日本酒を飲みなれていない人に対するプロモーションだったのではないでしょうか。

つまり、ターゲットを変えることで、新たな市場を開拓していった。その証左が、おそらく今まで日本酒がそれほど輸出されてこなかった、アメリカや香港への展開といえます。

今回は、このターゲットマーケティングの転換による同社の成功を、人の意思決定におけるバイアスの概念から考えてみたいと思います。

人は、経験や衝動、直感など言葉は違えど、自らの経験則を基に意思決定する傾向があります。もちろん、経験則が当てはまる場合もあるものの、一方で、経験則が故にその判断にバイアス(認識の歪み)が入り込むことがあります。

組織マネジメントについて体系的にまとめた著書「組織行動のマネジメント」で有名なS.ロビンスによると、一般的に以下のようなバイアスが考えられるそうです。

①自信過剰バイアス
実際よりも多くのことを知っていると思い込む

②アンカリングバイアス
最初に与えられた情報に縛られる

③確証バイアス
過去の自らの選択を肯定するような情報を重視し、そうでない情報を軽視する

④入手容易性バイアス
身近にある情報を重視して判断する

⑤代表性バイアス
ある事象が起きる可能性を測るために、その事象が起きた時のパターンにはめようとする

⑥ランダムネス・バイアス
偶然の出来事の中で意味を見出そうとする

⑦後知恵バイアス
結果が判明した後に、その結果を正確に予測できたと思い込む

人は以上のようなバイアスをもとに、合理的でなかったり、間違った判断を下す傾向があると言われています。かくいう私も、さまざまなバイアスに囚われやすいと自覚しています(笑)。

さて、今回のWAKAZEのケースに当てはめて考えると、当初ターゲットとしていた(であろう)日本酒を飲みなれた人たちは、これまでの経験が多い分、バイアスに囚われやすかったことが想定できます。

例えば、私の勝手な推測にはなりますが、下記のようなバイアスがかかっていたのかもしれません。
・以前に飲んだことがあるあの酒造のお酒にはかなわない(アンカリングバイアス)
・今までひいきにしてきた銘柄があり、それを否定されてたくない(確証バイアス)
・どうせ、やりてのコンサルタントが、目新しい仕掛けで普通のお酒をよく見せているのではないか(代表性バイアス)

一方で、稲川社長が舵を切った(ように見える)まだ日本酒を飲みなれていなかったり、飲んだことがない層は、このような経験則からくるバイアスが少ないため、素直に味やプロモーションを評価した可能性があるのではないでしょうか。

もちろん、言うは易し行うは難しでこのように「洋食に合う日本酒」という発想でPRすること自体が大変なアイデアであり、それをやりきることは非常に難しいことだと思います。ただ、おそらく背景に、通によるバイアスへの懸念があるが故に、バイアスが強くないと考えられる市場に展開したのではないでしょうか。

多くのスタートアップの経営者は、WAKAZEの稲川社長の取り組みに学ぶ点が多いと思います。前述のとおり、レストラン併設型醸造所という新たな取り組みもスタートしています。今後のWAKAZEの飛躍を楽しみに注目したいと思います。

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岩瀬敦智(Iwase Atsutomo)

経営コンサルタント。株式会社コンセライズ代表取締役。企業の価値を整理し、社内外にPRするコンサルティングを専門としている。特に中核人材に企業固有の価値と、経営理論を伝えることでリーダー人材の視座を高める講演や研修に定評がある。主著として、「MBAエッセンシャルズ(第3版)」共著(東洋経済新報社)、「マーケティング・リサーチ」共著(同文舘出版)など。法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科(MBAスクール)兼任講師。

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