話題のニュースを「キャプティブ価格戦略」から読み解く
2021年8月13日の日本経済新聞で、クラウドの会計ソフトを展開しているフリー(freee)の2021年6月期の連結決算が取り上げられていました。記事によると当期は27億円の赤字で着地、前の期が29億円の赤字だったため、赤字幅は減少したとのことです。
予断を許さない状況ではありますが、注目ポイントは売上高は49%増の201億円で、有料会員も前の期から30%アップ、約29万件になったことです。
明らかにフリーは、利益を度外視し売上高の伸び率以上に販売促進費をかけて、利用者を増やそうとしています。しかし、なぜ、ここまでの赤字を出して、利用者を増やす必要があるのか。その理由を、マーケティング論の観点で考察してみたいと思います。
周知の通り、フリーのモデルはクラウド会計ソフトであり、使い始めれば継続して使い続ける事業者が多いことが予想されます。だからこそ、初期段階では売上規模以上の販売促進費をかけても新規ユーザーを獲得することに舵を切っていることは、容易に想像できるのではないでしょうか。
この戦略を表す一つのキーワードとして、キャプティブ価格戦略が挙げられます。
キャプティブとは「虜(とりこ)」を意味する言葉で、低価格で虜となる商品やサービスを購入してもらった後に、付随商品やアフターサービスを継続して使い続けてもらうことで利益を獲得しようとする価格戦略を意味します。
代表的な例として挙げられやすいのは、プリンターや携帯電話です。プリンター本体は値引きして低価格で販売し、その後のインクについては値引きをおこなわず定価販売を維持することで利益を得ます。携帯電話も他者からの乗り換え時期には特別サービスや割引などを適用し、その後のパケット料金や通話料によって利益を得ます。
クラウド会計もまさにキャプティブ価格戦略に適したサービスといえます。一度、使い始めると会計ソフトを切り替えるには莫大な労力や手間がかかるために、他社へのブランドスイッチが起こりにくいからです。
実際にフリーのホームページを見ると、トライアルや初回キャンペーンなどの情報が数多く掲載されていることが分かります。
ちなみにキャプティブ価格戦略は、フリーに限らずどの会計ソフトでも当てはまると考えられます。
但し、会社を経営をしている私の経験上、クラウド会計は利便性が高く、インターネットを活用する事業者にフォーカスしたサポートも充実しているため、これからのスモールビジネスとの親和性が高いことは推察できます。だからこそ、まずは「使ってみてほしい」というのがフリーの考えであり、従来の会計ソフト以上にキャプティブの存在が大きいのではないでしょうか。
価格戦略の観点から見ると、とにかくまずは使ってもらうために赤字を覚悟で販促費をかけていくというフリーの戦略は長期的に見ると利に適っているのです。
次回は、フリーの動きについて、ベンチャー企業の経営戦略の観点から考察してみたいと思います。
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岩瀬敦智(Iwase Atsutomo)
経営コンサルタント。株式会社コンセライズ代表取締役。企業の価値を整理し、社内外にPRするコンサルティングを専門としている。特に中核人材に企業固有の価値と、経営理論を伝えることでリーダー人材の視座を高める講演や研修に定評がある。主著として、「MBAエッセンシャルズ(第3版)」共著(東洋経済新報社)、「マーケティング・リサーチ」共著(同文舘出版)など。法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科(MBAスクール)兼任講師。