ショーフィールズの日本進出に見るオープンイノベーションの可能性
2018年末に、米ニューヨークのノーホー地区に開業した商業施設ショーフィールズは、「新時代のデパート」ととして注目されています。実店舗を有さないD2Cブランドやアート作品で構成された店内は、お店ではなくアートギャラリーのような佇まいです。展示している商品をECで購入するスタイルで、「世界一面白い店」と評されています。まさに体験型ショールーミングストアの先駆的な存在といえるでしょう。
記事にもあるとおり、ショーフィールズは日本進出を打ち出しています。アートギャラリーのような店内かつ商品はECサイトで販売というスタイルは、まさにDX時代の小売業のあるべき姿の一つといえ、日本進出もそのスタイルを海外展開するための一環に見えます。
一方で、アートギャラリーのスタイルは売場面積に対する商品陳列数は少なくなりやすく、面積あたりの商品数は減ってしまいそうです。もちろん、ECで販売することから陳列数が売上に相関するという従来の小売業の考え方は通用しないでしょう。また、リアル店舗からECサイトに誘導し、さらにそこで他の商品を販売することも考えられます。ただし、日本におけるBtoC衣料品のEC化率は13.9%です(令和2年度年次経済財政報告)。これを高いと見るか、低いと見るかは議論が分かれますが、BtoCのEC化率の国際比較によるとアメリカよりも低い数値となっています。少なくともショーフィールズの既存のビジネスモデルにとって、現状の日本は必ずしも適した市場とはいえず、むしろリスクが大きそうです。
それではなぜ、ショーフィールズはリターンよりもリスクが高そうな日本市場へと進出をしようとしているのでしょうか?
日本のホテルや商業施設と組むことでさらなる進化を
その疑問を、今回はオープンイノベーションの概念で考えてみたいと思います。
今や一般的になったオープンイノベーションですが、世に広めたのはH.チェスブロイといえるでしょう。チェスブロイは、主著「OPEN INOVATION ハーバード流 イノベーション戦略のすべて」の中で、オープンイノベーションを「社内で研究されたアイデアと社外のアイデアを結合し、自社の既存ビジネスに他社のビジネスを活用すること」と説明しています。もともとはメーカーによる技術開発に主眼を置いているため、製造業ベースの理論という色が強いですが、もちろんチェスブロイは製造業に絞って論じているわけではありません。
記事の中で、ショーフィールズが今後、商業施設やホテルと連携していく展望を持っていると書かれています。ノーホー地区のように舘を全てショーフィールズスタイルではなく、商業施設やホテルの一画に展開するビジネスモデルを模索すると考えると日本進出について違った景色が見えてきます。
ショーフィールズは、既にニューヨークで確立しているビジネスモデルを、日本のホテルや商業施設と組むことでさらに進化させる、つまり、オープンイノベーションを視野に入れているのではないでしょうか。
これからの経営はオープンイノベーションにシフト
チェスブロイは、従来のクローズド・イノベーションでは「イノベーションをはじめにマーケットに出した企業が成功する」と考えるのに対し、オープンイノベーションでは「優れたビジネスモデルを構築するほうが、製品やマーケットに最初に出すよりも重要」であると論じています。その上でビジネスモデルは両刃の剣であり、潜在的な価値を実現する一方で、既存のものに固執すると次のイノベーションに進めなくなると述べています。
ショーフィールズのニューヨークの既存店舗は、それ自体が確立されたビジネスモデルといえるでしょう。ショーフィールズの日本進出がそのビジネスモデルの水平展開ではなく、商業施設やホテルのノウハウを取り入れて新たなビジネスモデルを開発するための実験と考えれば、日本に進出する理由が見えてきます。
2020年3月1日の日本経済新聞の記事によるとアメリカの商業施設の空室率が高まっています。その魅力が低減しつつあるといえるでしょう。一方で、東京では周知のとおりオリンピックに照準を合わせて多様なホテルや商業集積が増加してきました。ショーフィールズが東京にもオープンイノベーションの種を求めたとしても、不思議ではないといえるのではないでしょうか。
ショーフィールズについて論じてきた仮説の真偽は現時点ではわかりません。しかし、いずれにせよこれからの時代の経営には、クローズド・イノベーションを追い求めるのではなく、オープンイノベーションによって新たなビジネスモデルを追い続ける姿勢が求められるといえそうです。
その点で、ショーフィールズがどのように商業施設やホテルと連携していくのか、今後の展開が楽しみです。
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【参考文献】
●WWD Webサイト「D2Cブランドを集めた“新時代のデパート” NYのショーフィールズが21年内に日本進出へ」2021年2月26日 https://www.wwdjapan.com/articles/1181869
●日本経済新聞Webサイト「米商業施設の空き、過去20年で最高 アマゾン効果で」2020年3月1日
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO56245100Z20C20A2EA1000/?unlock=1
●内閣府Webサイト「令和2年度 年次経済財政報告」https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je20/h04-01.html
●Henry Chesbrough「OPEN INOVATION ハーバード流 イノベーション戦略のすべて」産業能率大学出版部
●竹永亮、岩瀬敦智他「速修テキスト〈3〉企業経営理論〈2021年版〉 (TBC中小企業診断士試験シリーズ) 」早稲田出版
岩瀬敦智(Iwase Atsutomo)
経営コンサルタント。株式会社コンセライズ代表取締役。企業の価値を整理し、社内外にPRするコンサルティングを専門としている。特に中核人材に企業固有の価値と、経営理論を伝えることでリーダー人材の視座を高める講演や研修に定評がある。主著として、「MBAエッセンシャルズ(第3版)」共著(東洋経済新報社)、「マーケティング・リサーチ」共著(同文舘出版)など。法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科(MBAスクール)兼任講師。