【任天堂】ゲーム技術者を雇い開発内製化に舵を切る理由

話題のニュースを「両利きの経営」の視点で読み解く

2021年11月5日の日本経済新聞で、任天堂が5年をめどに、開発内製化などに4,500億円を投資するという記事が紹介されており、興味深く読みました。

記事によるとスイッチのヒットによって、手元キャッシュが増え、現預金が2021年9月末時点で1兆716億円にのぼるとのこと。古川社長は、「手元資金をどのようい効果的に活用していくかを改めて検討する良い機会を得た」として、積極的な投資に踏み切るようです。

記事にあるように、任天堂はこれまでゲーム開発の際に外部の企業に制作を依頼してきた歴史があります。今回、開発を内製化するために、最大1,000億円を開発者採用などに投資するとのこと。内製化して開発速度を上げるとともに、外注コストを抑える狙いがあると考えられます。これまでとは、全く違う方向に舵を切ったといえます。

なぜ、任天堂は、このタイミングで、これまでの外注主体のゲーム開発から、ゲーム技術者を雇い開発内製化に舵を切ったのでしょうか。

今回は、C.オライリーとM.タッシュマンが提唱した「両利きの経営」で紐解いて見たいと思います。

両利きの経営とは、「知の深化」と「知の探索」を両利きのように、どちらもバランス良く展開していくことが大切だと主張しています。

知の深化とは、既存事業や既存製品における知見の掘り下げを行っていくことを意味します。日本企業は、元来、知の深化を得意としてきました。

一方、知の探索とは、新規事業や新規製品のシーズやニーズを探索することを意味します。日本企業は、この知の探索を得意とする企業が、知の深化を得意とする企業に比べて少ないと言われています。

これまで、任天堂はさまざまなヒット商品を生み出してきたことは周知の事実です。その点で、日本企業には少ないと言われている知の探索を得意とする企業といえるのではないでしょうか。

知の探索を行う力を伸ばすためには、知の探索を行うチームを単独ユニットとして、既存の事業とは分離させて経営資源を割り振ることが大切だといわれています。また、評価基準や意思決定基準、マネジメントスタイルも独自のものを認めるのが望ましいとされています。

この背景にあるのは、既存事業を掘り下げる場合には生産性や効率などがある程度機能するのに対し、新規事業はそれらの適応が難しいことが挙げられると推察できます。

起業と同様、新しいことを探索するためには、一見無駄と思えるような投資や、生産性が上がってないようにみえる会議などを経ることも重要です。知の探索を志向しているにも関わらず、既存の事業の生産性や効率などを求めたならば、無駄なことは辞めようという結論になり、結局、探索が中途半端になってしまう懸念があります。

今回、任天堂は技術者を雇い開発内製化を進めることは、知の探索の力を更に高めるという覚悟のように感じます。外部に委託した技術者には、知の深化は期待できても、知の探索を期待することはできません。前述のように、外部には生産性や効率を求める傾向があるからです。

一方で、内部人材であれば、これも前述のように独自の評価基準、独自の意思決定基準、独自のマネジメントスタイルのユニットとして、知の探索に注力させることが可能になります。

事実、記事によると任天堂は今回の投資の一環として、「顧客との接点の強化・拡大」に最大3,000億円、「ゲーム以外の娯楽」の強化に最大500億円を投じるそうです。顧客との接点から得られる情報は知の探索に欠かせないリソースです。また、ゲーム以外の娯楽の強化とは、まさに新規事業開発強化と同義と捉えることができるのではないでしょうか。

花札の製造からスタートした任天堂は、日本で初めてとなるトランプの製造を担いました。その際には、日本初となるプラスチックトランプを生み出しました。その後、娯楽の概念を変えるファミリーコンピューターを生み出し、ゲーム業界を日本を代表する産業に押し上げていったのは周知の事実です。

近年、任天堂はゲームの性能や完成度もさることながら、あつ森に代表されるように、そのゲームソフトの世界観にこだわり、その世界観の支持を得ることでファンを拡大していると言われています。

今回の任天堂の180度の転換といえる意思決定は、まさにゲーム開発メーカーの任天堂という枠を壊して、イノベーションを生み出す頻度を更に高める、アイデア創造企業として成長するという意思表示のようにも見えます。

今回の任天堂の投資が、どのようなイノベーションを生み出すかを楽しみに、注目していきたいと思います。

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岩瀬敦智(Iwase Atsutomo)

経営コンサルタント。株式会社コンセライズ代表取締役。企業の価値を整理し、社内外にPRするコンサルティングを専門としている。特に中核人材に企業固有の価値と、経営理論を伝えることでリーダー人材の視座を高める講演や研修に定評がある。主著として、「MBAエッセンシャルズ(第3版)」共著(東洋経済新報社)、「マーケティング・リサーチ」共著(同文舘出版)など。法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科(MBAスクール)兼任講師。

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