話題のニュースを「組織階層と意思決定」の視点で読み解く
2021年10月21日、日本産業新聞で、伊藤忠商事の若手社員が社内スタートアップを立ち上げているという記事が掲載されていました。
記事によると、伊藤忠商事は社員に裁量や活躍の場を与えることで、能力を高めようとしているとのことです。
具体的には、同社の社内スタートアップにより2019年に設立されたD&Sソリューションズが紹介されています。
同社は、中堅中小スーパーマーケットなどの小売業に特化して、デジタルサービスを提供する企業です。データ収集、クーポン配信、販売動向分析など、小売業に必要とされる機能を簡単に導入することができるサービスを提供しています。
社長の岩崎氏が、伊藤忠の取引先の一つであるヤオコーに出向したことが、D&Sソリューションズを立ち上げる構想につながったそうです。
このように、近年は社内スタートアップや社内起業制度などの手法が取り入れられています。その理由として、企業の次世代を担う事業の発掘という視点と、今回の記事にもあるように人材育成の視点があると思います。
今回は、その後者に焦点を充てて、具体的に社内スタートアップや社内起業制度がどのような能力を高めるのかを検討してみます。
もちろん、いろいろな経験、そして実績を積むことによって自信がつくなど、一概に能力といっても特定することは難しいと考えられます。
しかし、私のコンサルタントとしての経験から、これは大きいのではないかと考えるのが意思決定能力です。
ここでは、一般的な組織階層と意思決定の関係から紐解いてみたいと思います。
一般的に、組織内の階層は、「トップマネジメント」「ミドルマネジメント」「ロワーマネジメント」「業務執行職能」というレイヤーで分類されることがあります。
そして、それぞれのレイヤーと意思決定の種類は下記のとおり整理できます。
レイヤー |
意思決定の種類 |
概要 |
トップマネジメント | 戦略的意思決定 | 環境を見ながら経営の方向性を定める「非定型的意思決定」 |
ミドルマネジメント | 管理的意思決定 | トップの方針に沿って、人やお金などの資源をどう配分するかを定める「経営資源配分の意思決定」 |
ロワーマネジメント | 業務的意思決定 | 部下の指導や職場の人間関係を円滑にし業務を遂行していくための意思決定 |
業務執行職能 | ー | ー |
どの意思決定にも特有の難しさがありますが、世の中に相対的に良い解を導く方法があまり知られていないのは、やはり「戦略的意思決定」ではないでしょうか。
環境に応じて、自らが方向性を決定するのですが、その環境に関する情報をモレなくダブリなく集めて分析することは不可能と言われています。組織論で有名なH.アンゾフは、戦略的意思決定に係る課題を以下のとおり規定しています。
環境変化が激しい中で、企業が決定すべき選択肢について評価する基準を与えられていない極めて不確実な状態を部分的無知という。そして、トップマネジメントは、部分的な無知な状態で、企業が取り組む問題を確定し、その問題解決の方向性を探求する必要がある。
つまり、トップマネジメントは環境全体が見えない中で、企業の方向性を決めなければならないということです。
そして、トップマネジメントが示す方向性如何によって、その企業の浮沈や、しいては従業員の雇用などにも影響が及ぶことを考えると、戦略的意思決定の難しさが想像しやすいのではないでしょうか。
しかし、それを人材育成の視点で捉えるとどうでしょうか。難しい意思決定を自ら行い、その結果に責任を負うという一連の経験は、確実にその人材の視座を高め、視野を拡げ、そして多様な視点をもたらすことと思います。
結果として、社内にいながら新しいビジネスのアイデアや、総合的な生産性向上策を提示できる人材に育つことが期待されます。もちろん、そのような人材は他社からも重宝されるため、転職の可能性が高まることも考えられます。
しかし、これだけ環境変化が激しく、先が見通せない時代においては、自ら考え、行動に移すことができる社員を育成する仕組みがあることが、長期的に見て有効といえるでしょう。
その点から、伊藤忠商事の社内スタートアップ制度がもたらす効果を楽しみにしたいと思います。
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岩瀬敦智(Iwase Atsutomo)
経営コンサルタント。株式会社コンセライズ代表取締役。企業の価値を整理し、社内外にPRするコンサルティングを専門としている。特に中核人材に企業固有の価値と、経営理論を伝えることでリーダー人材の視座を高める講演や研修に定評がある。主著として、「MBAエッセンシャルズ(第3版)」共著(東洋経済新報社)、「マーケティング・リサーチ」共著(同文舘出版)など。法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科(MBAスクール)兼任講師。