【Amazon】第1回:ヘアサロンを展開。なぜ美容業界へ進出するのか?

話題のニュースを「環境変化への適応と最適な資源配分」から読み解く

SBクリエテイィブ社が運営する情報プラットフォーム「ビジネス+IT」の2021年5月13日の記事で、アマゾンが「ヘアサロン」を開業した理由について詳しい考察が掲載されていました。分かりやすく、論理的に書かれており、興味深く拝読しました。

具体的には、2021年4月20日にアマゾンがロンドンでヘアサロンを開業したことについて、その具体的なサービスやそれに付随したテクノロジーの内容を紹介しています。また、アマゾンが美容業界に進出した理由について、EC業界の動きから見たアマゾンの戦略上の狙いや美容市場の魅力度の観点から考察しています。

数値を交えて論理的に考察しているため、記事の内容を見れば一目瞭然ではあるのですが、今回は、なぜ、アマゾンがヘアサロンを展開したのかについて、経営戦略論の観点から整理してみたいと思います。

まず、経営戦略の本質は、P.コトラーに代表される考え方。「環境変化に適応すること」。
そして、J.バーニーに代表される「最適に資源を配分すること」と言えるでしょう。

当然、今回のアマゾンの動きも環境変化への適応と最適な資源配分が根底にあるといえます。ただし、この環境変化の捉え方が難しく、どこに軸足を置くかによって同じ出来事でも真逆の印象になります。例えば、日本の少子高齢化は、子供用の制服を作るメーカーにとってはマイナス環境といえますが、医薬品を開発するメーカーにとってはプラス環境ともいえなくありません。ですから、環境変化を見極めるためには、企業は自分がどこに軸足を置いているかを明らかにする必要があります。

このように、どこに軸足を置くかを表すのが企業ドメイン(生存領域)です。経営戦略を立案する時には、この企業ドメインを明確にするのが一般的です。

D.エーベルは、このドメインを規定する要素として、標的顧客(customer)、顧客機能(function)、独自技術(technology)の3つを挙げました。

平たくいうと、誰に、何を、どのように提供するかを表します。

アマゾンの企業ドメインについては、もちろん想像になりますが、2021年7月28日現在のwebサイトを読み込む限り、①誰に:世界中の人々に、②何を:顧客の喜びや充実した生活を、③どのように:革新的な製品・サービス・アイデアを通して、と整理できると考えます。

今回は、この企業ドメインが的を外していないと勝手に仮定して、ここに軸足を置いて環境を分析を進めます。

環境分析で有名なフレームワークはSWOT分析です。自社を取り巻く環境をstrength(強み)、weakness(弱み)、opotyunity(機会)、treat(脅威)に分けて整理し、それぞれを掛け合わせて方向性を決めていこうとする考え方です。

一般的に、経営戦略では機会(O)と強み(S)を掛け合わせた領域を積極的に推し進めるべきであると言われています。

ちなみにこの方向性が何を意味するのかはケースバイケースですが、一般的な経営戦略論でいうと、展開事業を指します。つまり、推し進める事業を機会(O)×強み(S)で見極めます。

今回、アマゾンがヘアサロンに進出した背景として、記事にもあるとおり美容市場が堅調に拡大しているため、機会と捉えたことは想像に難くありません。一方で、アマゾンの強みとして(数限りなくありますが)、新たなテクノロジーを生み出す力と考えられるのではないでしょうか。

今回のヘアサロンは、もちろん単なる美容室ではなく、ARを活用してヘアカラーのシミュレーションができたり、モニターに映し出される美容アイテムを指さすとモニター上で説明が流れたりと、テクノロジーを駆使しています。

ここまで読んでいただいた方の中には、それはそうだけど、なぜ、今でもEC市場が堅調なのにわざわざヘアサロン事業を始めるの?と思われる人もいらっしゃると思います。至極、当然の疑問です。

ここで、経営戦略のもう一つの本質である「最適な資源配分」の考え方が出てきます。堅調な事業を有している企業は、当然、そこから生まれる利益によって潤います。経営戦略では、この利益によって生まれたキャッシュという資源を、どこに配分するかが大きなポイントになるのです。

どのような事業でも浮き沈みがあります。例えば、レコードやポケベルのように市場自体が縮小してしまう場合もありますし、市場自体は堅調でも強力なライバルにシェアを奪われるケースもあるでしょう。

だからこそ、全ての企業は既存の柱となる事業が堅調なうちに、将来、中核を担う可能性がある事業に投資をしていく必要があるのです。ちなみに、この考え方をフレームワーク化した有名な理論が、ボストンコンサルティンググループのPPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)です。

詳しい説明は他の機会に譲りますが、要は、堅調に利益を生み出している事業があるうちに、最初はシェアをとれずに売上がたいして上がらないけど将来性がありそうな事業に投資をすべきという考え方です。ちなみに、堅調に利益を生み出している事業のことを、PPMのフレームワークでは「金のなる木」事業といいます。一方で、最初は売上が上がらないけど将来性がありそうな事業を「問題児」事業といいます。

もちろん、将来性がありそうな「問題児」事業が、全て花を開くとは限りません。むしろ、結果的には花開かずに終わってしまうことの方が多いといえます。したがって、大手企業の経営戦略では、花開く事業が生まれる確率を高めるために投資する問題児事業が複数に及ぶことが一般的です。常に先取りして、複数の問題児事業に投資することで、万が一、金のなる木事業が傾いても、新たな金のなる木が生まれている。これが、経営戦略論の観点から見た、理想的な経営といえるでしょう。

この視点で見ると、アマゾンのヘアサロン進出は、「問題児」の事業への投資と見ることができます。

まとめると、アマゾンが、自社のドメインに軸足を置いて環境分析をしたところ、美容市場という機会と新たなテクノロジーを生み出す能力という強みを掛け合わせることで、ヘアサロン事業が問題児事業の一つとして浮かんできたと解釈できるのではないでしょうか。

今回は、アマゾンのヘアサロン進出の理由について、経営戦略論の視点から整理をしてみました。次回は、アマゾンのヘアサロン進出の理由について、マーケティング論の視点から考察してみたいと思います。

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岩瀬敦智(Iwase Atsutomo)

経営コンサルタント。株式会社コンセライズ代表取締役。企業の価値を整理し、社内外にPRするコンサルティングを専門としている。特に中核人材に企業固有の価値と、経営理論を伝えることでリーダー人材の視座を高める講演や研修に定評がある。主著として、「MBAエッセンシャルズ(第3版)」共著(東洋経済新報社)、「マーケティング・リサーチ」共著(同文舘出版)など。法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科(MBAスクール)兼任講師。

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