話題のニュースを「製品・工程ライフサイクル」から読み解く
2021年7月8日付けの日本経済新聞で、Googleが日本国内スマホ決済のスタートアップ企業であるpringを買収したことが取り上げられていました。
今回は、Googleの国内スマホ決済買収について考察します。
記事によると、Googleは日本のキャッシュレス決済の普及が遅れていることに着目し、開拓することで多くの果実が得られると判断したとのことです。
一方で、キャッシュレス決済が進んでいるとはいえ、現金の信用力が高いといわれ、多くの資産を保有しているシニア層は現金かクレジット決済が主流。今後、すぐに日本においてキャッシュレス決済が伸びるかが不透明と見ることができます。
そのような状況下、なぜ、Googleは日本でスマホ決済事業に乗り出したのでしょうか。
今回は、1978年にW.アバナシーが主著「プロダクティビティ・ジレンマ」で提唱した「製品・工程ライフサイクル」理論で考えます。
アバナシーによれば、新たな製品の技術発展は、①まだ製品の標準が定まっていない「流動化段階」からスタートし、②その製品市場において標準的なデザインとなるドミナントデザインをきっかけに「成長化段階」に移行し、③最終的に製品・工程ともに標準化し硬直していく「特定化段階」に至ると論じています。
ちなみに、①の流動化段階では、製品イノベーションが多く起こり、②の成長か段階では工程イノベーションが多くなり、③の特定化段階ではイノベーションそのものが起きにくくなると説明しています。製品イノベーションとは製品そのものの革新のことであり、工程イノベーションとはその製品を製造する生産方法についての革新を意味します。
例えば、携帯電話の普及で考えてみるとイメージがわきやすくなります。
1990年代後半から2000年代前半にかけて、我が国でも携帯電話が一般生活者に普及していったことは周知の事実です。
当初は携帯電話(ガラケー)の形や機能がどんどん変わっていった記憶がある方も少なくないのではないでしょうか。やがて、2つ折りのスタイルで、液晶画面、カメラ機能付きなど、携帯電話としてのドミナントデザインが確立されました。その後は、大きな製品イノベーションは起きず、むしろ、いかに効率的に製造するかに軸足が置かれていったのではないでしょうか。
もちろんアバナシーのこの理論は、製造業の技術発展を念頭に提唱されて理論でしょう。ただし、技術発展=イノベーションと捉えるならば、今のIT業界に置き換えることも可能だと考えます。
あくまでも私見ですが、実際にこの理論でGoogleの動きを読み解くと、Googleの戦略が説明しやすくなります。
従来、スマホ決済の普及が遅れている日本は、どのようなスタイルで店頭でとりあつかい、どのように店頭でお客様にご案内するかというスマホ決済取引の標準が定まっていなかったように思います。
ところが、ここにきて新型コロナウイルス感染症拡大により、シニア層も含めて今まで現金支払いをしていた層が、スマホ決済に移行したことも手伝って、だんだんとスマホ決済の標準が定まってきたのではないでしょうか。
つまり、スマホ決済業界でドミナントデザインが固まってきた。つまり、この業界が製品イノベーションで勝負する流動化段階から、工程イノベーションで勝負する成長化段階に移ったという見方ができなくありません。
そして、Googleはここで市場参入し、徹底的に利用者の利便性を高める工程イノベーションを実行し、市場シェアを獲得しようと考えているのではないでしょうか。
この理論を当てはめてみると、常にGoogleは製品イノベーションで戦うのではなく、ドミナントデザインが決定した後の工程イノベーションを起こすことで、市場シェアを獲得してきたといえます。
例えば、Googleの代名詞、検索エンジンではYahoo!が現在まで続く、検索エンジンのドミナントデザインを作ったといえるでしょう。そして、数年遅れてGoogleが稼働しはじめ、最終的にYahoo!を飲み込むことになったのです。
また、Gmailも同じ動きが見て取れます。おそらく、メールソフトの一般普及に寄与したのはMicrosoft Outlookではないでしょうか。その後、Googleがクラウド上のメールソフトであるGmailをリリースし、多くのユーザーを獲得したことは周知の事実です。
このように、Googleはドミナントデザインが決まって、これから大きく拡大しそうな市場に進出し、提供方法の工夫によって市場シェアを大きく増やしているのです。
今回、Googleの参入によって、劇的に日本のスマホ決済化が進む可能性がでてきたといえるでしょう。
この経営における先見性は、多くの企業にとって学びになる視点ではないでしょうか。
日本のスマホ決済の動きについて、注目をしていきたいと思います。
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岩瀬敦智(Iwase Atsutomo)
経営コンサルタント。株式会社コンセライズ代表取締役。企業の価値を整理し、社内外にPRするコンサルティングを専門としている。特に中核人材に企業固有の価値と、経営理論を伝えることでリーダー人材の視座を高める講演や研修に定評がある。主著として、「MBAエッセンシャルズ(第3版)」共著(東洋経済新報社)、「マーケティング・リサーチ」共著(同文舘出版)など。法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科(MBAスクール)兼任講師。