【中外製薬】営業利益5倍以上。成功要因はどこにあるのか?

話題のニュースを「裏切る可能性の最小化・相互の恩恵の最大化」から読み解く

2021年7月1日付けのダイヤモンドオンラインで、中外製薬の奥田修代表取締役社長のインタビュー記事が掲載されていて、興味深く拝読しました。中外製薬は、直近の10年間で営業利益を5倍以上伸ばしました。記事によると、奥田社長は、この成果について2002年から開始した、世界首位のスイス・ロシュとの戦略的提携のビジネスモデルによるものと評価しています。

多くの企業が戦略的提携に乗り出していますが、必ずしもうまくいった事例ばかりではありません。中外製薬とロシュの提携の成功要因はどこにあるのでしょうか?

そもそも戦略的提携とは、他社と連携を考える企業にとって、企業としての独立性を維持しながら、企業間に緩やかで柔軟な結びつきをつくることを目的とした有効な戦略オプションのひとつです。戦略的提携が成功するかどうかのポイントは、提携するパートナー企業が提携関係を裏切る可能性を出来る限り小さくしながら、提携から得られる恩恵を最大限にできるかという点です。

今回の提携は、「裏切る可能性の最小化」「相互の恩恵の最大化」という点をうまく実現できています。

ポイントは、記事でもクローズアップされているとおり、「独立性を維持しながらお互いに(開発した新薬についての)第一選択権を持つ」というビジネスモデルです。

お互いに技術を共有している場合、相手から得られる技術はないと判断されれば裏切られる可能性がでてきます。今回の提携では、経営や新薬開発は基本的には独立しておこなわれているようですので、その点で自社の技術の全容が相手に伝わることはないでしょう。

そして、お互いに第一選択権を有していることから、それぞれが画期的な新薬を開発すればするほど、お互いにとって利益を生む可能性が高まる点も秀逸です。

これだけ見ると、非常に優れた戦略的提携のモデルといえます。戦略的提携当時の企業規模からみれば、中外製薬が世界を股にかけた巨大企業であるロシュに飲み込まれてもおかしなかったのではないでしょうか。販路などはロシュに依存しつつも、創薬機能は共同化せず、独自のものとする取り決めをした。この点が、奏功したといえるでしょう。

しかし、このビジネスモデルがうまくいくには前提条件があります。それは、中外製薬が画期的な新薬を開発し続けられるということです。この前提がないと、相互の恩恵の最大化が崩れ、結果的に裏切る可能性が増大する恐れがあるでしょう。

一見、ロシュとの提携というウルトラCによって、一気に業況を伸ばしたように見える中外製薬ですが、その実、それまでに長年蓄積してきた新薬を開発する能力があってこその成功だといえます。

まさに、前の本ブログでも取り上げた、コア・コンピタンス経営です。コア・コンピタンスとは、「各企業で何十年にもわたって蓄積され、新事業や新製品開発の成否を担ってきた固有技術や知的資産のこと」です。コア・コンピタンス経営とは、コア・コンピタンスを基に経営戦略を組み立てることです。

中外製薬では、創薬技術というコア・コンピタンスがあって、その上で最大限増幅することに成功したのが、ロシュとの提携といえるでしょう。その点で、一見すると戦略的提携のビジネスモデルの妙に見えますが、コア・コンピタンスを蓄積することの大切さも示唆してくれている好例といえます。

つまり、「あの企業と提携すればうまくいく」「新しいメディアを利用すれば飛躍的に売上が伸びる」などの言葉をよく耳にしますが、結局はその企業が時間と労力をかけて、その企業しか持っておらず、かつ他社にはマネできない自社独自の技術やスキルを蓄積できるかどうかが、経営がうまくいくかどうかの本質的な要因といえるのではないでしょうか。

中外製薬の今後の動きに、改めて注目したいと思います。

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岩瀬敦智(Iwase Atsutomo)

経営コンサルタント。株式会社コンセライズ代表取締役。企業の価値を整理し、社内外にPRするコンサルティングを専門としている。特に中核人材に企業固有の価値と、経営理論を伝えることでリーダー人材の視座を高める講演や研修に定評がある。主著として、「MBAエッセンシャルズ(第3版)」共著(東洋経済新報社)、「マーケティング・リサーチ」共著(同文舘出版)など。法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科(MBAスクール)兼任講師。

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