【Amazon】第3回:総額10億ドル超え。従業員50万人の時給引き上げ理由を考察

話題のニュースを「PEST分析:社会的環境(Society)」から読み解く

2021年4月28日に、アメリカのアマゾン・ドット・コムが、アメリカ国内で働く50万人を超える従業員(インターネット通販の受注や配送、荷物の仕分けなどを担う人材が対象)について、50セントから3ドルにかけて時給アップを発表しました。従来、秋に行っていた賃上げを5月中旬から6月上旬に前倒しして、実施するとのこと。賃上げに伴う費用は10億ドルを超えます。

なぜ、アマゾンは、この時期にこれほどの費用をかけて賃上げに踏み切ったのか。
本ブログでは数回にわたり、この背景について、外部環境分析の代表的な手法の一つ、PEST分析で考察しています。

PEST分析はマクロ環境を多角的に見るための手法で、マクロ環境を政治的環境(Politics)、経済的環境(Economy)、社会的環境(Society)、技術的環境(Technology)の4つの側面から把握することで、経営の意思決定に活かすためのフレームワークです。

過去のブログでは、政治的環境(Politics)、経済的環境(Economy)について詳しく取り上げ、アマゾンの意思決定の理由を検討しました。今回は、社会的環境(Society)の観点から考察したいと思います。

Societyは、社会情勢、世論、社会規範、自然環境、総人口、教育レベル、文化レベルなど社会を形成する要因です。

アメリカの社会情勢を表す端的な要素として、政治の動きがあります。日本と違い、アメリカでは各有権者がかなり明確に政治に対して意思表明することは有名です。

トランプ前大統領は、中西部地域と大西洋岸中部地域の一部に渡る、通称ラストベルトという地域の層の支持で票を伸ばしたと言われます。ラスト(rust)とは錆という意味で、使われなくなった工場や機械を表しているそうです。つまり、もともとは工業によって栄えた地域であるにも関わらず、生産拠点がより人件費が安い海外へと移っていくにしたがい、脱工業化が進んだ地帯です。その結果として、雇用が失われ苦境にあえぐ人たちが増えました。

月並みな見解ではありますが、ラストベルトについては直接的には脱工業化による雇用喪失が取り上げられますが、これはアメリカにおけるブルーカラー層とホワイトカラー層の格差を象徴しています。今まで一部のホワイトカラー層に政治・経済において恩恵が集中していたことに対する、ブルーカラー層の鬱屈としたエネルギーが5年前の大統領選挙で番狂わせを生じさせたという見方がありますが、それはある程度、信憑性があるのではないでしょうか。

さて、昨年の大統領選ではバイデン新大統領が誕生しましたが、果たして上記の動きに歯止めがかかったと言えるのでしょうか。今回の大統領選で注目を集めたのは、やはり「トリプルブルー」でしょう。ブルーは、労組を基盤とする民主党政権のテーマカラーを意味します。トリプルとは、大統領選、上院、下院で多数を占めたことを意味します。トランプ前大統領の出現によって共和党の方向性がやや従来から変化し、労働者に寄り添ったた印象になりましたが、本来は民主党の方がブルーカラー層への政策が手厚いと考えられています。

その民主党がトリプルブルーを達成したということは、格差への不満が依然としてくすぶっているのみならず、さらに加速することが予測できます。

実際に、アマゾンのアラバマ州の物流センターでおこなわれた労組結成に関する従業員投票に関して取り上げた日経電子版の4月10日記事「「Amazon労組」投票で否決 広がる格差、修復の難路」で、その点が指摘されています。

同記事では、技術革新の恩恵がホワイトカラーに集中していると考えられること、また、アマゾンでもスキルによって給与に格差があることを、データを提示しながら取り上げています。また、バイデン政権誕生後にウォルマートが自主的に平均時給を引き上げたことも取り上げられていることからも、格差が広がっている現状と、それによる不満が鬱積していることが推察できるのではないでしょうか。

SDGs、ESG投資、CSRなど企業の社会的意義が問われるようになって久しい昨今、上記の格差の象徴として自社が取り上げられることは、計り知れないデメリットがあると考えられます。このような社会的な背景を考えると、今回のアマゾンの取り組みは、自然な流れと捉えることができそうです。

ここまでアマゾンが賃上げに踏み切った背景をPESTで見てきましたが、今回のSocietyの観点が最も素直な見方といえるでしょう。どれほど好調を維持していても、社会的な意義を逸脱していると生活者に見なされた企業は、退場を余儀なくされる。そのような危険を察知しているからこそ、アマゾンはこれほど迅速に手を打ったと考えられます。

次回のブログでは、PESTの4つめの切り口、技術的環境(Technology)で検討します。

 

 

 


岩瀬敦智(Iwase Atsutomo)

経営コンサルタント。株式会社コンセライズ代表取締役。企業の価値を整理し、社内外にPRするコンサルティングを専門としている。特に中核人材に企業固有の価値と、経営理論を伝えることでリーダー人材の視座を高める講演や研修に定評がある。主著として、「MBAエッセンシャルズ(第3版)」共著(東洋経済新報社)、「マーケティング・リサーチ」共著(同文舘出版)など。法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科(MBAスクール)兼任講師。

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