【三越伊勢丹】最終回:営業損益が大手3社で最も打撃を受けている理由を考察

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数日前の日経新聞オンラインで、三越伊勢丹の付加価値額の減少幅が、百貨店大手3社のうち最も大きく、経営数値も3社中、最も深刻なダメージが現れていることを取り上げていました。

付加価値額=営業利益+減価償却費+マーケティング人材の人件費

とし、その減少要因を経営数値で説明しています。

例えば、一人当たりの付加価値額を表す労働生産性については低下傾向にあるという点。あるいは設備生産性が百貨店の各社平均値を下回っている現状。

百貨店の強みの源泉たる経営資源への投資を強化しきれていないことが、経営数値の悪化に繋がるという悪循環に陥っている可能性があることは、過去の3回のブログで考察しました。

具体的には、人的資源であるマーケティング人材への投資、店舗の改装などを中心とした物的資源への投資、そしてマーケティング人材への投資が希薄になることで、百貨店の強みの源泉たる情報的資源も低下しているのではないかと仮説を立てました。

記事の内容を素直に読み取れば、付加価値額を高めるための投資が進んでおらず、不調につながっているといえますが、三越伊勢丹の付加価値額が減少していることは、本当に悪いことなのでしょうか。逆の面からも考えてみたいと思います。

今回は以前にもブログで取り上げた BOSTON consulting GROUP のプロジェクトポートフォリオマネジメント(PPM)の概念で考えてみます。

この概念は、縦軸に市場の成長率、横軸に相対的マーケットシェアを取って、自社の事業を四つの証言のどこに当てはまるのかを分析し、今後の経営戦略を展開するための判断材料にするものです。

市場成長率が高く相対的マーケットシェアも大きい場合は花形事業。
市場成長率が高く相対的マーケットシェアが小さい場合は問題児事業。
市場成長率が低く相対的マーケットシェアが大きい場合は金のなる木事業。
市場成長率が低く相対的マーケットシェアも低い場合は負け犬事業。

という四つの象限でその事業を定義します。
このうち最もキャッシュの流入が大きくなるのが金のなる木事業の段階です。

この象限では、市場成長率が低いことで競合他社の新規参入が少なくなります。既存の事業者は、競合他社に対する対策で過剰にコストを使う必要がないため、収入は大きく支出は小さくなりやすいです。結果的にキャッシュの流入が大きくなるので、文字通り「金のなる木」となります。

そして、PPMの基本的な考え方では、金のなる木事業によって流入してきたキャッシュを、新たな問題児事業に計画的に投資していくことがポイントになります。そして、問題児はやがて花形に移行し、花形事業はやがて金のなる木事業になっていく、これが企業の成長戦略を考える上で、重要な基本線となります。

平たくいうと、金のなる木は永続的ではないためキャッシュを生み出しているうちに、新たな金のなる木候補を育てていきましょうということになります。

三越伊勢丹にとっての百貨店事業をPPMの4象限にプロットすると、どうなるでしょうか。百貨店の市場成長率は低く、三越伊勢丹は業界最大手企業のため、当然、相対的マーケットシェアは高くなります。つまり金のなる木事業に位置することになるのです。

現在、百貨店業界自体が苦境に立たされています。つまり、百貨店業界全体が縮小しており、客観的に考えると、別の事業に投資し、育てていくことが求められます。

例えば、髙島屋は百貨店事業に加え、ショッピングセンター事業に早い段階から投資し始め、それが国内のみならず、海外(シンガポール、タイ、中国、ベトナムなど)での展開にもつながり、利益を生み出してきました。

記事にもあるとおり、三越伊勢丹は地方の不採算店の縮小を進めています。つまり、コスト削減に徹していると見ることもできるでしょう。売上を減少させつつも、それ以上にコストを削減し、捻出した資金を、今後、新たな問題事業へ投資をしていく。現在をその準備段階と見るならば、付加価値額が減っていることは必ずも悪いこととはいえません。

前述の付加価値額の考察を見ていただくと分かるように、付加価値額の計算は、既存の百貨店のビジネスモデルに基づくものになっているからです。

今後、百貨店事業以外に大きな投資が予定されているならば、三越伊勢丹の付加価値額の減少は戦略的なものと言えます。

百貨店各社のPPM上の戦略は、新型コロナウィルス感染症拡大の影響で、見直しを余儀なくされるでしょう。そうなると、もし、三越伊勢丹が現業への投資を行わず、手元に資金の余力を残している状態ならば、コロナを鑑みた戦略への投資が可能になる分、他社よりも有利になります。

今後、三越伊勢丹がどのような展開に踏み切るのか。まさに、生き残りをかけた分水嶺になる戦略は、多くの経営者にとって多くの示唆を与えてくれるはずです。

 

 

 


岩瀬敦智(Iwase Atsutomo)

経営コンサルタント。株式会社コンセライズ代表取締役。企業の価値を整理し、社内外にPRするコンサルティングを専門としている。特に中核人材に企業固有の価値と、経営理論を伝えることでリーダー人材の視座を高める講演や研修に定評がある。主著として、「MBAエッセンシャルズ(第3版)」共著(東洋経済新報社)、「マーケティング・リサーチ」共著(同文舘出版)など。法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科(MBAスクール)兼任講師。

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