【Amazon】地球上の最高の雇用主を目指す。従業員を大切にする経営とは?

話題のニュースを「マーケティングのエンゲージメント」から読み解く

 

2021年9月末までで、取締役会長に退く意向のAmazon のジェフ・ベゾス氏が、 CEO 就任期間中、最後の株主に当てた年次書簡にて、「地球上で最高の雇用主」を目指すという意思を表明しました。これは、同社が掲げてきた「地球上最も顧客中心の会社」というコンセプトにかけたものであることは明らかです。同社はこのコンセプトを掲げ、この20年間で急成長を遂げてきたことは誰もが知る事実です。BtoCの EC市場を劇的に発展させた立役者といってもいいでしょう。

一方で、Amazon が拡大すればするほど、その負の側面も指摘されるようになりました。従業員の労働環境の問題です。特にAmazonのビジネスモデルのキーファクターと言える物流センターでの従業員の労働環境について多くの指摘がなされてきました。結果的には反対多数で結成が見送られましたが、米南部のアラバマ州の物流施設で労働組合結成の是非を問う住民投票が行われるなど、何らかの対立が起きていることは事実のようです。

そのような中、ジェフ・ベゾス氏から発せられたのが4月16日付の日経新聞オンラインでも取り上げられている、先ほどの「地球上の最高の雇用主」を目指すという発言です。その記事の中で筆者が注目した点がありました。それは、最高の雇用主を目指すという方針が「地球で最も顧客中心の会社」というコンセプトを弱めてしまう恐れがあることを、ジェフ・ベゾス氏が示したという点です。

今回はこの記事をきっかけに従業員を大切にする経営について考えてみたいと思います。

近年、マーケティングの研究の中でエンゲージメントの研究も進展してきました。エンゲージメントとは、日本語で言うと絆と訳されることが多いようです。マーケティングにおいて、顧客との絆(カスタマー・エンゲージメント)、つまり企業と顧客との絆を高めていくことが、業績向上に寄与するという考え方です。そして、そのカスタマー・エンゲージメントを高める一つの要因として、従業員との絆(エンプロイーエンゲージメント)、つまり従業員と企業との絆であることが、注目されています。

この点について、日本では元法政大学大学院教授の坂本光司先生の考え方が衆目を集めています。

坂本先生は、経営者はまず「社員とその家族」そして「取引先企業の社員とその家族」「現在の顧客と未来の顧客」「地域社会と地域住民」「そして株主と出資者」の5人を幸せにすることが重要であると説かれています。そして、あくまでも一番最初に来るのは「社員とその家族」「取引先企業の社員とその家族」とのことです。

これは、坂本先生は著書や講演の中で折に触れて、たくさんの会社を訪問する中で、業績が振れない会社というのは、社員を一番大切にしていることが分かったと述べられているように、実地の調査から導かれている考え方です。また、心理学の領域では、ピグマリオン効果がビジネスシーンで取り上げられています。筆者は心理学の専門ではないので、あくまでも耳学問の域を出ませんが、ピグマリオン効果とは、人は相手から期待をされるとその期待に応えようとする心理効果と認識しています。

従業員は期待をかけられれば、あるいは大切にされれば、それに応えようとするという心理が働くという考え方ですが、確かにそのような傾向は多いように思います。

このように、マーケティング領域で注目されている「エンゲージメントの概念」、坂本先生が述べられている「5人を幸せにする経営」、そして心理学領域における「ピグマリオン効果」を鑑みると、Amazon が本当に「地球上で最高の雇用主」になるのであれば、それは地球上で最も顧客中心の会社のコンセプトを弱めるのではなく、むしろ強めることになるのではないでしょうか。

事実、同記事も、「(地球上で最も顧客中心の会社と地球上で最高の雇用主という概念は)お互い補強しあえると確信している」というジェフ・べゾス氏の力強い言葉で締めくくられています。

今のグローバルなビジネスシーンを牽引している Amazon が、社員を大切にすると大きく打ち出したことは非常に興味深いです。多くの経営者にとって従業員を大切にするということがどのような結果をもたらすのか。これを体感する大きな機会になるのではないでしょうか。

 

 

岩瀬敦智(Iwase Atsutomo)
経営コンサルタント。株式会社コンセライズ代表取締役。企業の価値を整理し、社内外にPRするコンサルティングを専門としている。特に中核人材に企業固有の価値と、経営理論を伝えることでリーダー人材の視座を高める講演や研修に定評がある。主著として、「MBAエッセンシャルズ(第3版)」共著(東洋経済新報社)、「マーケティング・リサーチ」共著(同文舘出版)など。法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科(MBAスクール)兼任講師。

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