【Apple】新たに3つの研究分野に参入する狙いは?

話題のニュースを「イノベーションのジレンマ」から読み解く

2021年4月4日付けの日経クロステックの記事の中に、 Apple の新研究分野を取り上げたものがありました。Apple は2019年9月にアメリカの大学や研究機関と共に、新たに3つの研究分野に参入していくと発表していました。その3つとは、「身体活動と心機能」、「視覚」、「女性」です。Apple は、すでに不整脈の可能性を調べるたApple Heart Study に取り組んでいます。

上記の3つの分野を、これに続く新たなヘルスケア領域の重点ポイントとして捉えられています。多くの先進国では高齢化が言われています。また、発展途上国でも、経済的な豊かさが高まっていけば、既存の先進国と同様に、健康に対する関心が高まってくることでしょう。経営戦略論の観点から、今回の Apple のヘルスケア志向の取り組みを見た時に、長期的でグローバルな環境変化への適応を意識した、的を得た取り組みと言えます。

それを大前提とした上で、今回は「イノベーションのジレンマ」の観点から、Appleの取り組みがうまくいくのか?を考えてみたいと思います。

イノベーションのジレンマは、クリステンセンが提唱した概念で、日本でもその著書がベストセラーになったことからご存知の方も多いのではないでしょうか。業界の中で成功した企業は、既存顧客の声に耳を傾け、さらに高い品質の製品やサービスを提供しようとします。ところが、それによってイノベーションを推進することができず、結果的にイノベーションを起こした新たな企業の参入によって、失敗を招いてしまう恐れがある。これがイノベーションのジレンマの概要です。既存顧客のニーズを高い次元で満たそうとするほど、イノベーションが立ち遅れ、失敗確率が高まるという相反する2つの要因によって説明されていることから、ジレンマという表現が使われています。

イノベーションのジレンマは、様々な企業事例によって説明されていますが、日本では、2000年代初頭の既存のアパレルブランドに対するユニクロの台頭が該当するのではないでしょうか。当時、好調を維持していたワールドは、 SPA (製造小売業)の機能を十分に生かし、クイックレスポンスというシステムを使いました。そして、シーズンの商品の振り分けについて POS データを活用しながら、アイテムごとに売れ行きをチェックし、売れ行きが良い店舗に投入するという仕組みを作っていました。商品のデザインやバリエーションについては、各コレクションで発信されるトレンドを意識しながら、シーズンごとに作りこまれていました。ブランドイメージを高めるためにデザインにこだわり、商品単価も一定以上を維持していました。当時は、一般消費者も雑誌などを通してそのトレンドを追いかけており、またファッションのブランドイメージを重視していました。つまり、ワールドは消費者ニーズに忠実に、商品作りと販売を行っていたと言えます。

そこに登場したのがユニクロのフリースでした。通常のフリース地の商品とは比べ物にならない程低単価で、それでいて一定以上の品質の商品を市場に展開したのです。ただし、その当時のユニクロはブランド力はありませんでした。また、商品のコストパフォーマンスは高いもののトレンドという要素は希薄でした。ところが蓋を開けてみると、ユニクロはファッションに興味がない低価格を求める層のみならず、しっかりとトレンドを追いかけ品質に拘る層にも浸透していったのです。ワールドの視点に立ってみると、既存顧客のトレンド重視やブランドイメージ重視というニーズを最大限満たすために商売をしていたのですが、結果的に当時まだ人件費が安かった中国工場を有効活用することで、イノベーションを起こしたユニクロに遅れを取ってしまうことになったのです。今振り返ってみれば、消費者側にもシーズンごとにトレンドを追いかけたり、常に新たなブランドを追いかけたりすることに疲れを感じていた部分があったのではないでしょうか。

今回の記事で取り上げられている Apple は、スマートフォンや AppleWatch という端末市場において間違いなくリーダー企業のひとつです。そしてその企業が、消費者のニーズを先読みし、常に端末の価値を高めていこうとする動きはごく自然なものでしょう。一方で、違う切り口で見ると、あまりにも消費者のニーズを先読みし、それに応えようとするがあまりイノベーションのジレンマに陥っている可能性もあるのではないでしょうか。かつて1980年代にアメリカで PC 販売のシェア1位だった IBM は、低価格で参入してきたDELLにその座を奪われ、PC 販売事業ではなくコンサルティング事業に活路を見つけました。

Appleを脅かすようなイノベーティブな企業や製品が出てきた時、Apple はスマートフォン市場でさらなるイノベーションを起こすのか、それともかつての IBM のようにソリューション型の企業へと移行していくのか。3つの研究領域を推進する Apple の取り組みが成功するかどうかは、イノベーションのジレンマをどう克服するかにかかっているのではないでしょうか。Appleの動向に注目していきたいと思います。

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岩瀬敦智(Iwase Atsutomo)

経営コンサルタント。株式会社コンセライズ代表取締役。企業の価値を整理し、社内外にPRするコンサルティングを専門としている。特に中核人材に企業固有の価値と、経営理論を伝えることでリーダー人材の視座を高める講演や研修に定評がある。主著として、「MBAエッセンシャルズ(第3版)」共著(東洋経済新報社)、「マーケティング・リサーチ」共著(同文舘出版)など。法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科(MBAスクール)兼任講師。

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