【三越伊勢丹ホールディングス】細谷氏が新社長に。苦境の百貨店を救う戦略は?

話題のニュースを「ターゲットマーケティング」で読み解く

2021年4月1日付けで、三越伊勢丹ホールディングスの新社長に、岩田屋三越社長の細谷氏が就任するというニュースが発表されました。細谷氏は岩田屋で「東洋一の店舗」というコンセプトのもと、感性と科学に基づく売り場作りを進めることで成果を上げたとのことです。この3月30日付けの日経新聞オンラインの記事では、細谷氏を「アイデアマン」と称しています。

例えば、富裕層を対象とした1日1組商談や、デジタルトランスフォーメーション(DX)をグループ内でいち早く取り入れたのも細谷氏。外商部員が専用のアプリを使い、お客様のニーズを社内に知らせることでバイヤー陣から提案を受け、瞬時に顧客との商談に結びつけるなど、様々な改革案を打ち出し、岩田屋の業績拡大に貢献したといわれています。

この細谷氏の取り組みをターゲットマーケティングの概念で考えてみたいと思います。ターゲットマーケティングとは、マーケティングを学んだことがある人であれば一丁目一番地の知識だと思います。市場が未成熟の状況では、市場を大きな塊として消費者に等しくマーケティングミックスを展開するマスマーケティングが有効と言われています。

一方で、市場が成熟してくると消費者ニーズが多様化するため、すべての消費者を一塊として見るのは無理があります。そこで市場をセグメントして、どの市場にアプローチするのかを明確にした上で、その市場にあったマーケティングミックスを展開していこうという考え方がターゲットマーケティングです。

今の日本の消費者市場は後者です。そして、どのような大きな企業でも経営資源は有限です。従って、消費者向けのビジネスを展開する企業では、ターゲットマーケティングは常識といっていいでしょう。しかし、この常識と言われるターゲットマーケティングを遂行することは難しさもはらんでいます。ターゲットを絞るということは、結果的に他のターゲットを呼び起こす副次的な効果は期待できるものの、原則としてはそのターゲット以外を捨てるということになります。

例えば、百貨店がオムニチャネルに取り組むものの、成果が上がったという段階まできていないのは周知の事実でしょう。このオムニチャネルの取り組み一つ見ても、ターゲットマーケティングの難しさが潜んでいると思います。既存の百貨店の主要ターゲット顧客層に対して、本当にインターネットでの販売が必要なのでしょうか。もちろん必要という考え方もあると思いますし、そうではなくて次世代顧客の取り組みのための対策であるという主張もあると思います。

前者であれば、ターゲットマーケティングと言えますが、後者であれば、既存の顧客層を捨ててでも、次世代顧客層に資源を投入する意気込みがないと、なかなか成果に結びつかないと思います。もちろんこれは言うは易し行うは難しです。私自身、経営コンサルタントとして経営者に意思決定を求められた時は、この「捨てる覚悟」という難しさを感じています。

岩田屋三越の業績を向上させた細谷氏は、まさに富裕層に焦点を絞ったターゲットマーケティングを徹底的に実行したのではないでしょうか。記事によると、岩田屋は20年度上期の富裕層向け販売促進費比率を、前年度から10ポイント向上させたそうです。百貨店のこれまでのビジネスモデルの積み重ねを考えると、富裕層にターゲットを絞るのが妥当であり、マーケティングの基本に立ち返って、そのターゲットに向けたマーケティングミックスをどれだけ充実させることができるかが重要だと考えます。

また記事で紹介されているように、国税庁の民間給与実態統計調査によれば、年2,000万円以上の富裕層は2019年は約28万人と、2015年に比べて約26%上昇したことからも、富裕層へのターゲットマーケティングの重要性が浮かび上がってきます。まさに岩田屋では、今後グループ全体で年間1千万円前後を購入する富裕層のみが入れる特別商談室を新設するそうです。

細谷氏が、岩田屋で見せるターゲットマーケティングの実行力を、グループ全体で発揮することができれば、苦境に立たされている百貨店のビジネスの新たな進化の一助となるのではないでしょうか。今後の三越伊勢丹ホールディングスの動向を楽しみにしたいと思います。

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岩瀬敦智(Iwase Atsutomo)

経営コンサルタント。株式会社コンセライズ代表取締役。企業の価値を整理し、社内外にPRするコンサルティングを専門としている。特に中核人材に企業固有の価値と、経営理論を伝えることでリーダー人材の視座を高める講演や研修に定評がある。主著として、「MBAエッセンシャルズ(第3版)」共著(東洋経済新報社)、「マーケティング・リサーチ」共著(同文舘出版)など。法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科(MBAスクール)兼任講師。

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