【中川政七商店】なぜ今、複合施設をオープンするのか?

中川政七商店の新商業施設展開から読み解くCSV(Creating Shared Value)

中川政七商店の創業は1716年に遡ります。現在、奈良を拠点に60店舗を展開する生活雑貨の専門店です。その中川政七商店が初の試みで、2020年4月に奈良市内で複合型商業施設をオープンします。
既存の店舗は、屋号を冠した「中川政七商店」をはじめ、「游 中川」「茶論」「日本市」など、マルチブランド展開をしているのが特徴です。それらの店舗はいずれも専門店形態で、多くは各地域の有力な商業施設に出店しています。近年、これらの出店が加速してきた背景には、専門的でこだわった品揃え、コンセプトを分かりやすく表現している店内、お店の魅力を伝える接客が、ファンの支持を集めていることが挙げられるのではないでしょうか。そのような中、奈良に複合型商業施設を展開します。

なぜ中川政七商店は、堅調に推移してきた専門店形態があるにも関わらず、リスクを負って複合型施設を展開するのでしょうか?

共通価値の創造(CSV:Creating Shared Value)

その答えを、今回は、M.ポーターが提唱した「共通価値の創造(CSV:Creating Shared Value、以下CSV)」という概念を通して、読み解きたいと思います。

CSVは、企業が事業を通して、社会的な課題を解決し、そこから生じる「社会的な価値」と「企業的な価値」を両立しようとする考え方です。M.ポーターは、それらを両立した共通価値の概念について「企業が事業を営む地域社会や経営環境を改善しながら、自ら競争力を高める方針とその実行」と定義しています。

記事の中で、社長は、今回の複合型商業施設を出店する理由について、同社が拠点とする奈良の観光客数が全国6位ながら、消費額が伸び悩んでいることを課題と捉え、同施設を、奈良の魅力を高めるべく地元の事業者(特に、スモールビジネス)の成長を加速させる拠点として位置付けていると述べています。

「中川政七商店が、なぜ複合型施設を展開するのか」については、様々な経営判断が重なっていると推察されます。その一つとして、CSVの概念を通した社会的な価値と、企業的な価値の向上があるといえるのではないでしょうか。

3つのCSV的アプローチ

CSV的なアプローチとして、①製品と市場の再検証、②バリューチェーンの生産性の再定義、③企業が拠点を置く地域を支援するための産業クラスターの創造の3つがあると言われています。

今回の中川政七商店の動きは、まさにこの3つのアプローチを体現しています。既存のブランドに加え関西に初出店するカフェやレストランを誘致しています。中川政七商店の魅力と相まって、わざわざやってくる顧客が増えると推察できます。これは、製品と市場の再検証的な動きと捉えることができます。

バリューチェーンの生産性を再定義

バリューチェーンは、CSVと同じくM.ポーターが提唱した、企業が顧客に価値を届けるための活動を体系化したモデルです。今回の複合施設は、そのブランドイメージにおいていずれも「こだわり」を持っている点で親和性が高く、相乗効果で集客が期待できます。一般的な商業施設への単店舗出店以上に、誘客力が高まることを狙っている点は、バリューチェーンの生産性の再定義といえます。

そして、特徴的なのが奈良をスモールビジネスのメッカに育てるというコンセプトをもった「N.PARK.PROJECT」の拠点としてコワーキングスペースを設ける点です。これは、文字通り、地域を支援するための産業クラスター創造の一環といえるでしょう。

折しも新型コロナウィルス感染症の拡大によって空間的な移動が制限されたことで、地域、地元に対する意識が再認識されているように感じます。その状況下、この中川政七商店のCSVを実現する取り組みは、多くの企業にとって参考となる好事例といえるのではないでしょうか。

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参考文献
●WWD Webサイト「「中川政七商店」が地元・奈良に複合施設 4月オープン」2021年2月12日

「中川政七商店」が地元・奈良に複合施設 4月オープン


●M.ポーター「競争優位の戦略―いかに高業績を持続させるか」ダイヤモンド社
●竹永亮、岩瀬敦智他「速修テキスト〈3〉企業経営理論〈2021年版〉 (TBC中小企業診断士試験シリーズ) 」早稲田出版

 

 

 


岩瀬敦智(Iwase Atsutomo)

経営コンサルタント。株式会社コンセライズ代表取締役。企業の価値を整理し、社内外にPRするコンサルティングを専門としている。特に中核人材に企業固有の価値と、経営理論を伝えることでリーダー人材の視座を高める講演や研修に定評がある。主著として、「MBAエッセンシャルズ(第3版)」共著(東洋経済新報社)、「マーケティング・リサーチ」共著(同文舘出版)など。法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科(MBAスクール)兼任講師。

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